前略 山田太郎さま
本当にこんな人がいます。
とある学習塾の講師をして10年。趣味の写真が高じてある日「どうしてもプロになりたい!」と思ったそうです。
2月の最後の授業(新学年になるから引き継ぎ問題なし)…。
『みんな、今までありがとう。先生も明日からカメラマンになるからな。さらば!好きに人生を生きてくれ!』
*生徒沈黙。唖然…。爆笑。拍手!
この人は僕の塾での恩師で、僕はかつての教え子でした。
凄まじい行動力でまず、僕に電話をかけてきたのですが、僕も「??」で『先生、あまりお力になれませんが、フリーならいろんな出版社に作品を持ち込んではいかかでしょう? それともう一度冷静になってみては? あ、飲んでませんか?』(だって僕もカメラマンになったばかり)
『よっしゃ。わかった!ありがとう』(ガチャ)で。
門前払いも数社以上…。
*奥様が実家に子供を連れて帰る寸前まで行った、そうです。
しかし、リニューアルの映画雑誌の人手が足らず、『記者会見のカット撮ってみる?』という編集長の一言で仮採用。
記者会見の3時間前に行って良い位置をキープ(場所取りってそんなものなのです)。
とりあえず、僕はEOS−7と28〜135、380EXを貸し(先生はマミヤ645とニコンFM−2愛用)、『脚立があった方が便利ですよ』とアドバイスしました。
さて、採用されたカットは名刺サイズ。ギャラは5000円(!)だったのですが、クレジットは入ったそうです。
もともと勤勉な方でした。コマーシャルフォトシリーズを買い捲って「ライティング」を勉強しまくり。あきらめた奥様は練習代に(ホンとよく出来た方です)。趣味とはいえかなりの腕があったとは本人の弁。
その年のカメラマンとしての年収は“8万円”! げ、げ、げげげのゲ。家庭教師と塾講師(高収入なのに)時代の貯金で食いつなぐ。もはや退路は絶った。
そして2年の歳月が流れました…。
現在、2〜3誌でインタカットの撮影やラーメンのブツ撮り。礼儀正しさと話術もあってか、コンスタントに仕事は来ているとか。無論使えるレベルになっています。
*収入は? 塾講師の方が高かったのではなかろうか…。
ニコンプロサービス(NPS)はカメラ2台、レンズ5本(現行機でなくて良い)などなどの条件でOKだったので、晴れて会員。プロストもいただけた、そうです。
さて、この話で「プロなんてそんなもんか」「プロをなめんな」「俺はもっと苦労したぞ」「運があっただけさ」「馬鹿じゃねーの」「よーやるわ」「プロといっても底辺じゃん」「俺の方が写真は絶対うまいはず」などなどの感想をお持ちになる方もいるかと思います。
しかし、僕はある意味尊敬しているのです。多分、人間には「ある日突然、好きな道に行ってあるいは身を滅ぼす」自由もあっていいかと思う。
*あやふやですが、風景の大家・竹内敏○先生も、もと公務員だったとか?
先生の今後はわかりません。「応援します!」というのも失礼でしょうし。
しかし本人は『わが人生に一遍の悔いなし!』とラオウの最期みたいなことを、飲み会の席でおっしゃるのです。他人があれこれいうより本人が幸福ならいいな。
この話から何の教訓も汲み取るべきではないでしょう。
ただこんな人も実在しているとだけ。プロって詰まるところ「写真でメシを食べている人」なのかな?
ご自愛ください。
草々