前略
様々な皆様の貴重なアドバイス、有難うございます。“3年目”です。感謝を込めて返信します。少し長いですよ(疲労笑)
金曜は出張・泊まり仕事で、さっきようやく一段落ついて帰宅。
掲示板を見てみれば予想外の展開に心底驚いています。嬉しいものも「うーん??」と思うものもございました。
僕はいささかノスタルジックな感傷に浸っていたかもしれません。が、駆け出し時代のエピソード=「ライカに助けられたこともある」を書き込んでみたまでで、それ以上のものでもそれ以下のものでもありませんでした。ただ自分の文章には(どのような形であれ、その内容は一人歩きする場合があり)責任が伴う。そのため「個人的なメールアドレス」も公開したのです。
事実誤認について。僕が取材記者に同行したのは「死にかけの総理大臣」ではなく、元総理大臣です。「死にかけ」が肉体的なものにせよ、政治生命という抽象的意味にせよ、両ケースとも単独インタはまず無理。
取材対象が有名人の場合、過密なスケジュールをぬって取材に応じてくれるわけで、秘書が取材予定日を決めるため、その日=X月Y日は大抵、何社もの取材がかぶることになります。
要はある人物にとって物理的に都合のいい日です。でも、記者の質問は悲しいかな似てくる場合がありますから、3〜4社目には対象者は“うんざり”かもしれませんね。
一方、仮に各社30分程度の取材時間にせよ、撤収も含めて5分ずつ押したら、最終的には30分、1時間ずれて、記者とカメラマンは待機を強いられるのみです。よくあります。
よい表情を狙うため、それ以上にとにもかくにも「使える写真」を撮ってくることはプロとして当然です。ただ、それが同行記者の質問をさえぎってまで、撮影のみ(これは喜怒哀楽かまいません)を狙うようなカメラマン(これはあくまで仮定の話〜誰のことでもありません)はどうでしょう?
相棒の記者にとってこんな迷惑な人はいない。
彼/彼女も雑談に来ているのではなく、短い時間の中にできる限り多くの質問をし、記事になる多くの返答を得らねばならないのです。そして取材対象は殆どインタビューアーの方を向いて返答します(新聞・雑誌のインタ写真の多くが「片手が少しあがって、何か喋っている構図」になりがちなのはこんな理由があります)。カメラマンの方を向いて質問に答える人は、まあ、いませんね。
フォトグラファー主導の肖像写真やグラビアでもない限り、「報道カメラマン」は記者とのコンビネーションを視野に入れて、仕事をしなければならないのが普通なのです。
こんな時、カメラマンとしては無駄口をたたかず、対象の自然な表情を狙いたい。怒っていてもいいんです。取材同行カメラマン=意思を持ち取材をできる限り補助する「カメラ」に、ケースバイケースで徹する、ことも凄くあるかな。
記者が「帰れ」といわれて、「はい、そうですか。失礼しました」と手ぶらで帰っては記事が落ちてしまいます。当然写真そのものの必然性もなくなる。
相手が大物もとえ、取材させていただく誰であれ、何であれ取材を何とかしなければならないケースは山ほどあります(落ちてしまったケースもきっとあるでしょうね)。同行記者は「時に舌鋒鋭い」熱い先輩でした。僕は今でも先輩記者の質問は、対象が「大人気なく怒るレベル」のモノではなかったと思います。
大変長くなりましたが、僕は今でも、僕のドンケから、いつの間にか外に出ていた(いつ出したか本当に覚えていない)M3が、やはり僕らを救ってくれた、大げさに言えば、必然的計算を超えた偶然の中で「ライカ的」な助け舟を出してくれた、貴重な体験であったと思っています。
他のカメラと一緒にカメラバッグに入っていた理由は、そりーゃもーう新しいカメラを自分のお金で買えて嬉しかった(しかも夢のカメラだったんです)から、しばらくはどこに行くのも、連れて行きたかっただけです。
青いといえばなるほど青かった。しかし、ライカを利用して「傑作をモノにしてやろう」という欲目は全くなかったこその“プロビギナースラック”であった、と思っています。まあ6ヶ月目からはいわば「お守り」効果を期待しちゃいかんなあ、と思うようになりました。今は持ち歩きません。
勿論、写真はカメラが撮るのではない、カメラマンが撮ります。とはいえ、アクシデントは、まさか!と思う時に、現場で起こります。今回のような人災ではなく、時に森羅万象が牙をむくこともあるでしょう。
予備の電池とか、サブカメラ(メカ機FM-2、防水の現場監督、ニコノスなど)が場合によっては最新のデジカメよりも役に立ったケースだってあると現場で教えられる。僕のケースもそれじゃないですか?
僕は「報道」という仕事に参加させていただいている「一カメラマン」です。記事を書くことは無く、論説委員でも、社説の書き手でも、コラムの書き手でもありません。
そして
『イラク戦争の写真がデジタル処理されたものだったり某A新聞社の伝統か、記事が無ければ捏造も厭わないようになります(海底のサンゴを傷つけて「誰がこんな事をした?」とか言うてましたし、拉致被害者の住所とかetc.)経済誌ということで某社とは違って良かった』
というような方向に、なぜ、僕の文章がきっかけで、議論が展開していくのか分からないのです。なるほど僕は会社組織の一員ですが、現場のカメラマンとして、己に問いかけ続られけること、踏ん張れ続けること、でもあり、時に会社以上に報道機関としてのモラルを、個々人が問うていくべきことだと思う。
同業者の“通り”さん。「考えの根本から変えねばなりません」というご意見は承ります。ただ、そのような、上から下へと見下すような、そして、少ない情報の「裏」も取らず、僕を励ましてくださった人たちまで含めて非難するのが、あなたの、突き詰めれば報道哲学であり、ものを書く姿勢なのですか?
そのような、高圧的態度の文章を匿名性の中でばら撒くことこそ、報道を仕事にする者が身に付けるべきではない、一面的なメディアファシズムにつながりかねないと思います。
僕個人に対する「苦言」なら、直接メールでください。あなたの文章には誤読に基づく部分(『死に掛けの総理の前でカメラに向かって温和な(笑った)表情を導きだして撮った』〜不可能です)もあり、ついでに、あなた流のものの見方を、写真を楽しんでいる多くのアマチュアの皆さんに「これがプロというものだ」の口調で押し付けるのはそれこそプロっぽくないですよ。
ここから先は別の話題。
そうそう、皆さん。元総理はその頃は、半蔵門の程近くに篭っておられる状態でした。その後、程なく現役総理の“突然死”によって、与党の最大派閥の長になるなど、その時点で本人含め誰が予想できたでしょう? 「後追い報道」は感慨深かったな。
好きで選んだ(会社が選んでくれた?)仕事です。僕(ら)の写真はどのようなケース、意図で撮ったものであれ、多くの読者の人々の目にさらされ、情報社会の中で急速に消費されていくのでしょうけど、計算された意図的な必然性(記者の取材目的・カメラ選びなども含む)と、偶然性の狭間の中で、「撮ること」に徹することは、自分、なんと書かれようが“男子一生の仕事に足る”と信じます。
向き不向きを考えたこともあるけど、仕事をきちんとやり遂げたい。これは自己満足。しかし、読者の皆さんに報道の質は問われ続けていくという覚悟(幻想だったら悲しい)だってある。阿る事とは別の次元で。
例えば、いくら店主が一生懸命作った有名店のラーメンも、一口食べて「まじーい」と言える客は、好みの問題にせよ、常にいるようにです。
そして僕は、自分の生活の糧である、カメラやレンズたち、お金を出して新聞なり雑誌を買ってくださる読者の皆さんに、やはり感謝をせずにいられないのです。
初めて、赤いストラップが付いたEOSを渡されたこと、ずしり、そして輝いて見えた新規投入のD1−H、経済的に中々手に入らなかった白いズームレンズを給料で買った、帰宅して箱を開けるときのもどかしさ、名刺サイズでモノクロだったけど自分の撮った写真が初めて掲載された新聞を手に取ったとき、の感激を今でも覚えています。青いなら青くて結構。これが自称「駆け出し」の底意地につながっているんだから仕方ない。
徳兵さん、はじめの2歩さん、その他のみなさん有難う。俺がんばります。消えやしませんたい。
月曜の僕は、都内某所で肩掛けのバックに小さい脚立を持って、何らかのデジタル一眼レフを下げて、元気に駆け回っているでしょう。
明日(あれ今日なの?)は多分、昼まで寝て、ライカをもって、ぶらぶらしてみようかな?
もともと「ライカってどうなんだ」という論の場であったと思います。
報道姿勢への応援・非難に発展するとは夢にも思いませんでしたので、自己責任を持って新規投稿とさせていただきました。
乱筆乱文ごめんください。カメラや写真を愛する皆様ご自愛ください。
草々
追:同業者の皆さん。取材とか記者会見の会場ってかなり、限定されますよね。東京勤務の方は僕と現場ですれ違ったことがあるはず、と思います。名刺交換の暇もないことが多いけど、僕は「安全靴」を履いています。カメラマン団子状態になったとき、足を踏まれても大丈夫なんです。
草々