私が別スレのなかで引き合いに出した題記事項について
具体的なレスがありましたので、完全なるスレ外れになりますので
また蒸し返しにはなってしまいますが別途スレ立ていたします。
> 高感度にたよらなくても、表現はできるでしょう!っ意味を込めて書きました。
これも何度も同じ事を私も説明してきているのですが、
私は高感度性能向上により撮影可能領域が拡がったことに
恩恵を受けている撮影者も多くいると述べています。
つまり、高感度に頼ることにより初めてできる表現もありますという反論です。
> それは、便利さにたよってばかりだと、真の芸術性を発揮する機会が薄れることが
> 多いということを意味します。もちろん絶対的な意味ではありません。
> あるレベル限定された範囲でもって自分の力で表現するという意識が強いほど
> 良い作品が生まれると思います。
それはあくまでらびさんの個人的な見解でしょう。
フレスコしか無かった時代から油彩という新技術が出てくることにより
画家はフレスコ時代に必要とされた大変多くの手間や手戻りから
逃れられるようになりました。また新しい、油彩ならではの表現方法が
次々に生み出されてゆきました。
表現の世界において新しい技術・技法が出てくるとはそういう事です。
誰も油彩よりもフレスコの方が芸術性が高い、などとは思いません。
(また同時に逆も勿論真です)
> 音楽はお好きでしょうか? ちょっと話がそれるかもしれませんが、
> NYで世界をまたに駆けているジャズピアニストで、
> 自宅のアパートでは カシオの10万もしないエレピで練習しています。
> もっと大きな住まいでグランド置く事は可能なはずなのに。
> また現代音楽のあるパーカショニストは、100均のおもちゃのような楽器
> でもそれを使いこなし、すばらしい音をそこから出すのをきいてびっくりしたことがあります。 以上は極端な例かもしれません。
極端というか、単純にこれでは「例」になっていないと思います。
(それら引き合いに出されている演奏家達が、そのようなおもちゃのような
楽器「しか」使わないのだというのであれば、へーそういう人もいるんですね
という感想は持てますが)
例えばM.デイビスは、巷に電子楽器が現れ始めた頃
当時は電子楽器を触りたがらなかったH.ハンコックに対し、
バンドリーダーとして無理矢理フェンダーローズを弾かせました。
それは、彼がその時模索していた新しい音楽が、電子楽器であるフェンダーローズ
が発生させるサウンドを自分のバンドに取り入れることで初めて可能になるからだと
判断したからです。その後更にM.デイビスはトランペットにワウペダルや
オーバードライブをかけたりといったことまで平気に取り組んで行きました。
その時代、その瞬間に可能な技術や技法を最大限活かし表現方法を工夫するというのは
いつの時代でも先鋭的な芸術家達が取り組んできた事です。
道具の便利さに頼るのではなく
芸術性やまた芸術表現を成り立たせるための技術を磨くべきである
とのご主張はよく分かりますし、この点については全く異存ございません。
しかしだからといって、それがすなわち
便利な道具を否定すべき理由にはなりませんし、また繰り返しになりますが
便利な道具を「使いこなす」ことで得られる芸術表現を否定する理由にもなりません。